・お名前:辻 年喜
・申込時職業 会社員
・申込時年齢 39歳
体験談
コーチングを受ける前の状態ですが、メーカーの総合職として働く私は、自分を活かすことができない状態が長く続いたことで、37歳の時に心に不調をきたしました。
それをきっかけに、自分の内面に向き合うようになり、内省をしてはノートに気持ちを書き出し、自己理解を進める2年間を過ごしてきました。
少しだけ心が回復してくると、同じように苦しむ人の役に立ちたいと、心理学も学びましたが、マイナスからゼロに戻すだけではなく、さらに前向きに生きていける後押しがしたいと思うようになりました。
一方、人生の長い時間割いている仕事については、自分一人では全く向き合うことが出来ない状況でした。大学卒業以降一つの会社で働いていましたが、失敗や挫折をする度に自信を無くし、いつも周りの評価ばかりを気にして、毎日縮こまって働いていました。
自分らしく振る舞えないことで周りとの関係もうまくいかず、過去に興味を持っても「やらずに諦めてしまった別の道」をいつも思い出し、後悔ばかりしていました。理想の人生とのギャップにいつも胸が張り裂けそうな気持ちでした。
「もうこれ以上後悔はしたくない」「人生を変えたい」と思い、人生や働き方をどうしていくか一緒に考えて後押ししてくれる人はいないかと探し始め、その時にライフコーチという存在を知り、ライフコーチの中でも草分け的存在のゆきさんに、コーチングの申込みをしました。
ライフコーチという存在を知った私は、インターネットでライフコーチを探し始めましたが、あまり迷う事なく直感的にゆきさんに決めました。
理由の一つは、圧倒的に実績があると思ったからです。
当時はまだ国際コーチ連盟のマスターコーチがどういうものかもわからなかったのですが、長い期間コーチをされていて、セッションの実績数もたくさんあって、コーチングスクールでたくさんの人にコーチングを教えていて、信頼できる方だと直感的に感じました。
ゆきさんが30代後半で家族もいる中で大手企業を辞め、自分の信じた道を切り開いてきた経歴を見て、仕事の悩みを理解してくれそうと感じたことや、ゆきさんにコーチをしてもらうことで、将来への希望を見出せそうだと感じたことも決め手でした。
コーチングを始めてまず感じたのは、今まで問題だと思っていたことが、とても小さなことだと感じられるようになったことです。
自分の人生について赤裸々に話をするのは、オリエンテーションでゆきさんに話すのが初めてでした。
恐る恐る話しましたが、暖かく聞いてくださり、安心して錘が降りた気がしました。
周りの目も気にならなくなり、とても生きやすくなりました。先が見えない真っ暗な人生を歩んでいましたが、あるとき周りの景色がはっきりと色鮮やかに見えるように感じたことを今でも覚えています。
ライフコーチングを通して、数えきれないほどの成長がありましたが、その中でも自分の中で大きかったものを2つご紹介します。
1つ目に行動力が上がることで、様々なチャレンジを難なくできるようになったことです。私は着想の資質が強いこともあり、「こんなことをしてみたい」とか「こんな風になりたい」と考えるものの、理由をつけて実行に移していませんでした。
考えはするものの、こんなこと言ったら誰かから批判されるとか、自分には何もないとか、今じゃないとか、理由をつけてやらずにいました。
そんな中、ゆきさんから「アイディアの一つをやってみたら」と提案をもらいました。
私が実践したのは、実家の田たんぼを使ってビジネスをすること。まずは農業体験を開催することにしました。簡単だと思っていたのに、実は心に大きなブロックがかかっていたり、目を逸らしたくなるような自分の過去だったり、そういったものを乗り越えて、農業体験を実施する事ができました。
そこから、自分の思いを形にしてもよいのだとわかり、行動することで自分の人生を自分で創っていきたいと思うようになりました。
2つ目は、コーチングを自分の人生を自分で選択できるようになったことです。
当時の私は、会社での評価が自分の人間としての評価だと思っていました。
会社から与えられた仕事やポジションは文句を言わず最高のパフォーマンスで応えなければいけない。仕事について自分で一切向き合う事ができなかったのですが、時間をかけてゆきさんに伴走してもらいながら自分のことを知り、自分がどんな人生を望んでいるのかを明確にしていき、自分のキャリアをチェンジするためのチャレンジをいくつもしました。会社の外に出た時の自分のリアルな評価を知ることや、仕事を変えたらどうなるか自分の足を使って実感することができました。
最終的に私がした行動は、自ら出世のレールから降りると言う決断をし、職場に宣言するということでした。
管理者をしていましたが、無理を言って降ろしてもらいました。自分の人生を自分で決めたことによって、会社で評価されないといけない、評価を上げるために苦しい仕事も頑張ってやらないといけない、早く昇進しないといけないと、自分を縛り付けて動けなくしていた鎖を、一気に断ち切ることができました。
周りからの評価や組織のしがらみにとらわれず、自分が本当に課題だと思っていることに、自ら取り組めるようになりました。
さらに課題を解決するために自分で手をあげて、デジタルの知識を身につけるため一時転部をします。
全くのゼロからシステム開発やデジタル技術を習得し、職場の課題を解決するため奔走しました。面白いもので、自分で決めた道に進むことで、周りの人も環境も運も、全て味方してくれているような感覚になりました。
どんな時も、全てうまくいっていると思えるようになった自分の成長もあるのだと思います。気付かぬうちに、情熱を持って仕事に打ち込む自分を手に入れていました。
現在は、働く会社も部署も変わってはいませんが、自分の中身と周りからの評価はガラリと変わりました。全く違う職場で働いているかのようです。
職場のデジタル化に取り組んだ結果、3度にも渡りM V Pを受賞する事ができました。外部の専門家からはI Tコンサルタントの才能が開花したと太鼓判をいただき、組織の長年の課題を解決するようなシステムを短期間で作り上げ、職場の人には驚いてもらえました。
仕事の中での自分の立ち位置も大きく変わりました。
自分の取り組みたいテーマにチャレンジさせてもらい、次々と大きな案件の依頼がきています。また、本格的に大学へ勉強に行かせてもらうことにもなり、新たな分野にもチャレンジしています。
過去の自分のように、出世とか業績ではなく、自分の人生のミッションに向かって着実に一歩を進めています。
ライフコーチングを自分のライフワークととらえ、情熱を持って働ける人を一人でも増やせるよう、セッションを積み重ねています。
長年漠然と起業したいとか、ビジネスをしたいと思っていましたが、今は自分自身のミッションが明確になり、一つの道となって明確に見えています。
会社での仕事の中でも、会社外でも同じです。
自分自身が自分のオーナーとして、自分のミッションを達成していきたいと思います。
会社の中で収まらなくなれば、別のフィールドを求めていくかもしれません。
でもそんなことはどうでもよく、人生を通して自分が実現したい世界を目指して生きていく、目の前にある現実を変え、情熱を持って自分の人生を生きている人を増やしていきたいと思っています。
あくまでも自分の人生を自分できめるスタンスにぶれることはありません。
月曜日が嫌で仕事のことは考えたくない自分はもうどこにもいません。日々を楽しんで、周りの人との協力や共感を楽しみながら、これからも感謝に溢れた日々を過ごしていきたいです。
ゆきさんは、「信念の人」だと思います。
私自身がゆきさんのセッションを受けていて、1回のセッションで自分の考え方がガラッと変わること、全く気づいていない自分の内面に気づいて、セッションが終わった時に興奮が収まらないということもよくあります。
そのような密度の濃いセッションができるのは、長年に渡り、ゆきさんがライフコーチングと真摯に向き合い、その力を信じて、突き詰めてきた結果だと思っています。
もちろんセッション以外のところでも、ライフコーチとして生き方に妥協をしていない姿勢も感じます。
「ライフコーチは職業ではなく生き方」です。それを体現していると思います。
コーチとクライアントの関係はセッションの時だけではなく、ずっと続いているものです。
壁にぶつかったときも、ゆきさんならどう質問をかけてくれるだろう、そんなことをふと考えて自分の思考を深め、判断していくこともありました。私にとっては、常に信頼し伴走し模範となってくれるメンターです。
私がゆきさんのコーチングをお勧めしたい人は、毎日辛い思いをしている、自分が生かせていないと感じながら働いている人達にぜひ受けてほしいと思っています。
私がそうであったように、自分を理解して、自分を発揮しながら生きていく事ができると信じています。
自分だけでは辿り着けないゴールはあります。
例えば私が2年間自分について考えた上、さらに自分一人で考え続ける日々を過ごしたとすると、きっとここまで変われていません。
それはライフコーチというプロに伴走してもらったからこそこの期間で人生を変えられた秘訣だと思っています。
時間は有限です。
自分の人生を変えたいと思った時、ライフコーチングを通して変化のスピードは飛躍的に上がると感じています。
もしあなたが自分一人の力で変わろうとしているのであれば、プロに伴走してもらう選択もぜひ検討してほしいと思います。
1969年、佐賀県生まれ、大阪府堺市育ち。幼少期から生活保護家庭で強い劣等感を抱えて育つ。中学二年生の夏、脳性マヒの級友が、300mを1時間以上かけて泳いだことに感動し、千葉大学教育学部養護学校教員養成課程に進学。1992年に卒業後、劣等感から抜け出すべく俳優の道へ。国民的アイドルとの共演を果たすが、その後挫折。28歳でリクルートグループに就職。求人広告営業で8年連続表彰されるが、部下育成につまずき、コーチングと出会う。コーチの「人を応援する生き方」に使命を感じ、2008年独立。株式会社プラス・スタンダード代表取締役に就任。